コレクションの “リメイク” で着物・反物の魅力を世界に発信!【『ichijiku』オーナー:アーロン・ベンジャミンさん】

    2023.06.05

    着物・反物のコレクターであり、それらを展示……さらにはスーツやジャケット、ネクタイなどにリメイクしたアイテムを販売する、サスティナブルなラグジュアリーブランド『ichijiku(イチジク)』を運営するアーロン・ベンジャミンさん。今回は、大の親日家であるアーロンさんに、我々日本人が日常のなかでつい見落としてしまいがちな伝統ある日本文化の素晴らしさと、世界水準で比べてもトップレベルにあるという、そのアート性について語ってもらいました。

    京都のBARで働きながら、ネイティブな日本語を習得!

    カナダのトロントに生まれ育ったアーロン・ベンジャミンさんは大学3年生のとき、京都大学に交換留学生として来日──京都の文化に囲まれながら約1年間を過ごしました。そんなアーロンさんの “日本贔屓” は少年時代まで遡ると言います。
    日本への憧れは幼いころからずっと抱いていました。トロントの小学校に通っていたときは、日本人の生徒がけっこう多かったんです。海外出張のためファミリー全員で赴任してきた……というケースで。だから、日本の文化や風習にも人づてではありますが、かなり接していました。

    本格的に日本語を勉強したのは大学に入ってからです。留学期間を終えてからトロントに帰国したのですが、またすぐ日本に行きたかったので、卒業してまもなく日本に “戻り” ました。もっと日本語が上手になりたかったので、京都の木屋町でBARの店長をやったりもしました。「お酒を飲みながら会話したほうが上達も早いんちゃうかな」と思いまして……(笑)。
    ──ちょっとだけ関西弁混じりの日本語、とてもお上手です! ところで、アーロンさんは「弁護士」としての顔もお持ちだと聞きましたが?
    ずっとBARの店長をし続けていても生活が不安定なので、しばらくは日本とカナダを行ったり来たりしながら、弁護士になるため米国のテネシー大学のロースクールに通い、ニューヨーク州で弁護士の資格を取得しました。

    そこからまた日本に “戻って” 30歳(2015年)のとき、英国資本の法律事務所で約2年間勤めました。インハウスで顧問弁護士も経験しました。本当はエンタメ系の知的財産を専門とする仕事がしたかったのですが、日本では自分がやりたい分野の弁護士活動ができなくて……。もともと日本に憧れたのはゲームや音楽、アニメなどの影響が強かったので、ゲーム会社の『SEGA』で弁護士として働いていたこともあります。

    そうしたなか、このまま弁護士を続けていくべきか、若いうちにクリエイティブなことにもチャレンジしてみようか……という葛藤が生まれてきました。そして、一念発起して、いったん「弁護士業」から離れてみようと決断したのです。34歳のころでした。

    譲ってもらった着物と反物を “資本” に『ichijiku』を設立

    父親は音楽プロデューサー、祖父はカナダでスーツ企業を創業するなど、家系的にもクリエイティブな血を受け継いでいるというアーロンさん。クリエイターとしての衝動に駆られた彼が想い描いた「クリエイティブ」とは、はたして……?
    私がやりたかった「クリエイティブなこと」とは、非常にシンプルで、

    「日本の素晴らしさを新しいかたちで海外に紹介すること」

    ……でした。そのために「なにをアピールすべきなのか?」を模索しているうち、京都の友人に「日本の伝統美をアピールするには着物がおすすめだよ」と、アドバイスされました。その友人は「自身の所有している着物や反物を大切に扱ってくれる人に譲りたい」とおっしゃっている人も紹介してくれて──祇園で高級レストランを経営していたのですが、自身のお店をたたんでしまい、着られなくなった着物をなんとかしたい……とのことでした。

    それらの見事な “コレクション” を前に、まさに一目惚れしてしまい、同時に私の着物とその生地になる反物に対する知識の無さに愕然とし、一から勉強したいという想いで『ichijiku(イチジク)』というブランドを立ち上げました。約4年前の話です。
    ──『ichijiku』で最初にはじめたことは?
    トロントにこれらを持ち帰ってから、最初はネクタイとか……小さいアイテムを着物の生地でつくってみました。

    ネクタイは大好評でした。トロントのお客様から「ほかにアパレル系の商品はつくらないの?」という声を多くいただいたので、2年間ほど試行錯誤を経てから、次はスーツやジャケットへの展開に至りました。『ichijiku』を設立したのはカナダだったのですが、日本に在住する日本人パートナーとともに資金調達を行い、去年、日本でも法人としてブランドをかまえたのです。

    着物・反物のコレクター市場はまだ不在?

    日本でずっと暮らしている我々日本人は、意外と「日本の良さ」について、どこか無自覚だったりするものです。カナダ人であるアーロンさんからすれば「それは大変にもったいないことだ」と、大きく天を仰ぎます。
    カナダという、建国して200年にも満たない新しい国に生まれた人間にとって、日本という歴史的文化に恵まれた国で日常を過ごしている日本人の皆さんは、羨望の対象なのです。最初に来日したときは、その圧倒的なポテンシャルの高さに日々驚くばかりでした。

    おもに京都に在住していたので、当然のこと「着物を着て歩いてはる人たち」も、しょっちゅう目の当たりにしてきました。初来日したころから「シルク製の美しいファッション」だとは感じていました。しかし、その魅力に心の底から取り憑かれてしまったのは、やはり “コレクション” をじっくりと見せてもらったときです。畳の上にその反物や着物を一枚一枚置いて、細かく丁寧に丁寧に説明していただき、その奥深さに感動したのです。こんなにも地域によって柄や色の違いや織り方があり、細かい柄模様ひとつ一つにもじつに情緒的な意味合いがあって……!
    ──コレクションにあたってのコンセプトは?
    初期のころは、「直感的にいいなと思えたもの」を購入していました。そこまで高価なものを買う資金もなかったので、リーズナブルな適正価格のものを。そのうえで、最近は「ちょっと変わったもの」──普段あまり見かけないような珍しいものを買うようにしています。

    かつ、「反物を洋服につくりかえる」という着眼もあるため、さまざまな地域のバラエティに富んだ織り方や染め方のものを……それこそ西陣織から友禅、大島紬、紅型、藍染……ほか、なるべく幅広いコレクションができるようにしています。なので、奄美大島だとか沖縄だとか……あらゆる地域にも足を運ぶようにしています。もちろん、私もまだまだ学ばなければならないことがたくさんあるため、「勉強」という意識が常にあります。
    ──現在のコレクションの総額や総数は?
    反物コレクションに関しては、絵やワインなどのように相対的な価格基準が出来上がっていないのが実状なので、相場で言うと……いくらくらいかな? 数量的には200〜250本くらいの反物を所有しています。あと、着物も100着くらい持っていますから、全部合わせるとその価値はおおよそでは2000万〜4000万円といったところでしょうか。
    ──反物の価値を実数化できる組織やシステムはあるのでしょうか?
    私の知るかぎりではありませんね。理由は、海外で「反物」自体がまったく認知されていない、マーケットがないからです。

    中国で買い占めている富裕層がいるという話は聞いたことがあります。西洋ではどうなんでしょう? 着物を “洋服” として購入し、ファッションとして取り入れたり、自宅に展示したり……という人はいなくもありません。でも、本格的な「コレクター」にまでは至っていないと思います。正直、コレクター界ではまだニッチな部類なのではないでしょうか。だから、今は自分自身が世界一のコレクターになるのが夢ですね(笑)。
    ──反物の文化的価値と資産的価値は?
    「文化的価値」を申せば、反物の生産が激減しています。職人さんもどんどん減ってきていますし、絶滅の可能性すらあるため、価値はいっそう高くなっていくと私は予測しています。

    そのように貴重な文化資産を海外だけではなく日本にも広めていきたい。さらには、反物にかぎらず、海外から親日家の人たちが日本に来て、失われつつある職人技術を引き継ぎ、世界中に広めていくというエコシステムもつくっていきたい。

    次に「資産的価値」についてですが、 “希少” という意味でも上がることはあっても下がることは絶対にないと信じています。反物には一日かけても数センチしかつくれないほどの、尋常じゃない手間と魂がこもっているのですから。そういう目に見えないプロセスも最新のテクノロジーを駆使して、今後は広く正確に伝えていきたいのです。

    アートとしての着物・反物を日本にも「逆輸入」したい

    アーロンさん曰く、「『ichijiku』は着物・反物をコレクションするだけではなく、アートとしての反物を額縁に額装しているブランド」なのだそう。一体どういうことなのでしょう。
    ネクタイにジャケットやスーツやブルゾン……靴から家具まで──「いろいろと形を変えることで、反物が放つオーラを凝縮させる」という意味です。つまり、我々がやっていることはむしろ「アートギャラリー」に近いわけです。

    反物の美しさを世界に伝えるためには、ただ反物を並べて見せるだけでは難しい。ですから、これまでにはない「額縁」に額装し、世界に再発信する──どれも一点ものですし、職人さんたちの丹念で緻密な仕事も考慮すれば「アート作品」と呼んでも、遜色はないのですから。
    ──なるほど! アーロンさんの「額装」という発想は、我々日本人じゃあなかなか思いつかないのかもしれません。
    「(日本では)おもに女性が使用する生地を使って、ジェンダーレスなアイテムに変える」という試みを本格的に実行しているのは、おそらく『ichijiku』が世界初でしょう。最初はその “ビジネス” を日本国内のみで完結させていたのですが、それはどうやら間違いであることに気づきました。なので、今は海外をターゲットの中心にしております。

    なぜなら、「逆輸入」のほうが現実的なのではないか……という私なりの結論に辿り着いたから。まず海外で流行ってから、「ああ…着物ってこんなにcoolだったのか」と日本の皆さんにもあらためて再認識していただく──こうした “順番” のほうがスムーズだと確信したのです。

    ゆっくりお茶を飲んで和菓子を食べながら、日本の美を堪能する

    『ichijiku』の “ギャラリー” にお邪魔して、「額装」済みのアイテムを見学させていただくと……その繊細なディテールと雅(みやび)な色使いに、つい目を奪われてしまう──肌触りの優しさも申しぶんありません。これほどにも完成度の高い「アート作品」の “お値段” は……とても気になるところです。
    アイテムの価格の前に、まず反物や着物の価格についてお話ししましょう。「反物」は一本(9メートル〜13メートル)で、通常で1〜2万円程度、ビロードなら5万円以上することもあります。貴重なものだと何十万円というケースもあります。珍しい柄の生地だと「着物」をそのまま購入することもあります。着物は一着5千円から何百万円まで……まさしく「ピンからキリ」ですね。
    ──その反物や着物で “再生” されたアイテムの価格は?
    ネクタイは一本3万円ほどで、ジャケットは50万〜100万円──フル手縫いのセットアップだと150万円くらいになります。小物に関しては価格もアクセシブルなせいか、日本人のお客様も購入してくださります。

    ちなみに、一枚の着物でネクタイや蝶ネクタイ、チーフなど……15〜20アイテムほどが生産可能です。
    ──反物の楽しみ方について、レクチャーをお願いします。
    とりあえずは『ichijiku』にご来店いただき、ゆっくりと見ていただくことかな(笑)? とにかく、一枚でも多く見ることと、実際身体に当てて体感してみることが大切です。
    ──『ichijiku』の来店システムは?
    原則として、一日2枠のみの完全予約制──枠は約3時間です。予約料はデポジット(保証金、商品の購入代に充当)として10万円をいただきます。反物を堪能し尽くすには、ゆっくりお茶を飲んで和菓子を食べながら、私の説明を聞いてもらいながら、一枚一枚を心ゆくまで鑑賞するのがベスト……だというのが『ichijiku』のポリシーなのです。
    ──どういうお客様が多いのでしょう?
    今は海外からの富裕層がメインです。日本人の皆さんはなんだかんだ言って、京都や浅草、それにテレビなどでも「着物」を見慣れていますからね。

    パッションを注ぐことができるアイテムであれば、なんでもコレクションの対象になる

    では最後に。アーロンさん自身が思い描いている「反物コレクター」としての至福感とは……? また、コレクターを志願する読者の皆様にメッセージもいただきました。
    私は昔から生粋のコレクター気質でした。幼いころはベースボールカードやゲーム用のマジックカード……。その後、スケボー文化に目覚めて、その関連グッズを集めていました。

    「反物」以外で、今でも集めているのはビンテージモノやもう売られていないレアモノの「香水」です。しかし、「香水」に関しては、小さいながらもすでにコレクター市場が出来上がっています。対して「反物」のコレクター市場はまだ未開発なので、アドベンチャー的なワクワク感がある──「反物」だったらファーストムーバー的な動きができるかもしれないのが楽しみで、しょうがないのです。
    ──アーロンさんにとっては「ファーストムーバー(的)」ということがポイントなのですね?
    いやいや! 自分のパッションを注ぐことができるアイテムであれば、なんだっていいのではないでしょうか。極論、一所懸命にコレクションしたものの価値が、仮に下がってしまったとしても、少なくとも私は「集めていて楽しければ」それでかまいません。だって、人から「コレを集めたら資産価値もあがってくるよ」と言われて、無理やりコレクションしたって、あんまり楽しくないじゃないですか(笑)。
    【アーロン・ベンジャミンさん:プロフィール】

    1984年カナダ・トロント生まれ。トロント大学3年生のとき日本に京都大学に交換留学生として約1年間京都に滞在。大学卒業後に再び京都に来日し、BARで働きながら日本文化を学ぶ。その後、米国のテネシー大学のロースクールに入学し、ニューヨーク州で弁護士の資格を取得。2015年には、みたび日本に来日し、英国資本の法律事務所に約2年間、弁護士として勤務。2019年、着物・反物のリメイクをメインとするブランド『ichijiku(イジヂク)』を設立。現在Ichijikuの創業者・CEOでありながら知財AIベンチャー企業であるIPDefineのCEOも歴任。

    Ichijiku:https://www.ichijiku.world/
    Instagram : https://instagram.com/ichijiku.world
    アーロンさんのCOLLETページ:https://collet.am/collectors/d52cac90-1df0-4253-93c3-c7b620b79e97/items
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