法律家の目線から聞く日本アート・ローの問題点とコレクションの魅力【弁護士・小松隼也さん】

    2023.04.19

    日本ではまだ数少ない「アート・ロー(アート領域に特化し、様々な法律を横断的にカバーして業界関係者の活動をサポートする法分野)に精通した弁護士」でありながら、熱心なアートコレクターでもある小松隼也さん。今回は、そんな異色の経歴を持つ “法律の専門家” に、「法とアート」という新たな切り口から、いろいろとお話をうかがいました。

    ニューヨークの留学経験が弁護士として大きな転機に!

    高校時代は軽音学部に所属し、アートやファッションにも興味津々な大のカルチャー好きで、この時期から「カメラマンになりたかった」という小松さん──一体、どのような経緯で弁護士を目指すことになったのでしょう?

    私が通っていた高校は長野県の松本市にあったのですが、高校生なりに、法律的な見地から生じる問題点を相談できる人がまったくいなかった。「じゃあ、自分が “相談できる人” になろう!」と思い立ち、いったんはカメラマンになる夢をあきらめ、「弁護士志望」に方向転換しました。

    行動力豊かな小松さんは、その後、同志社大学法学部に入学。2007年に司法試験に合格し、2009年に弁護士登録。東京の大手弁護士事務所で働くことに……。しかし、“新米弁護士” だったころは、朝の9時から翌朝まで働く多忙すぎる毎日だった……と、当時を振り返ります。

    1年間働いてみて「全然プライベートの思い出がないな」「このままなんの考えも無く弁護士をやっていたら、あっという間に人生終わってしまうな……」と、将来に不安を感じるようになり、元々やりたかった写真を「きちんと勉強しよう!」と、24歳のとき、都内の写真学校に入学したんです。渋谷にある、商業写真を中心に教える学校で、在学期間は1年半──土日でも夜間でも通える学校でした。

    そこで、写真関係者、ほかにもファッションデザイナーやアート関係者との接点も増えてきて……。そのあたりからチラホラと、こうした職種の人たちから法律に関する相談を受けるようになってきました。

    皆さん、よく口にするのは「日本のアート・クリエイティブ業界は、なかなか難しい」という悩みでした。「なんで難しいんだろう?」と調べ抜いたすえ、「日本は海外に比べて(アート関連の)税制が弱いことに原因があるのではないか?」という結論に行き着いたわけです。
    その後、2015年にニューヨークへと渡米。その約2年間にわたる留学経験が大きな転機になった……と、小松さんは言います。

    渡米前は、企業法務・訴訟・株式……それに刑事事件で法廷に立ったり……と、どちらかと言えばジェネラリスト的な弁護士でした。けれど、ニューヨークでさまざまな「日本とは違った、アート界を取り巻く環境」を目の当たりにしていくうち、弁護士が法律を変えるようなロビイングをしてみてもかまわないんじゃないか、弁護士がプレイヤーであってもいいんじゃないか……という発想ができるようになって、「コレクターと弁護士という二つの立場からアートに携わりたい」という目標が輪郭化されたのです。実際、アメリカでは “それ” を実践している弁護士も珍しくなかったですし。

    そもそも、日本は「業界ごとの専門弁護士」自体があまりいません。「会社法」「労働法」……などと「法律で区切る」のがスタンダード。対してアメリカは「産業」ごとに “専門” があります。

    「日本もそうあるべき」だと考え、「アート×法律」と「ファッション×法律」……さらには、建築やデザインなどの周辺領域も扱うようになり、その道での専門性を持った弁護士を集め、2019年に独立。クリエイティブ関係に特化した『三村小松法律事務所』を設立したのです。

    「業界の慣習」に馴染むには最低でも10年はかかる?

    アート・ロー専門の弁護士は、日本だとまだ10人もいないといったレベルなんだとか……。実際の話、どのような「アート・ロー、もしくはアートに詳しい弁護士」が求められているのでしょう?

    法律を知っているのはもはや大前提。著作権や会社法はもう当たり前の知識です。“そこから”を進めていくのが私どもの仕事で、たとえば「こういうことをしたら、アート業界の皆さんはどう思うか?」「それは法律的に問題はないとしても、どうやるべきか?」──とどのつまりが、業界独特の関係性における機微にどれだけリアルに接していて、それに基づくアドバイスができるかが肝になってきます。

    アート・ローの厄介な側面とは、やはり「特殊な業界慣習」に尽きるのです。ずっとアート業界にどっぷり浸かってきた人ならまだしも、外から入ってきた人は相当戸惑ってしまう。他のビジネス業界の “常識” で事を進めてしまうと、必ず「感覚やルールの食い違い」のようなものが発生します。「法律的にはOKなんだけど、業界的にはちょっと…」「著作権的には問題ないけれど、それをやってしまったら業界からは総スカンだよね…」みたいな。やはり、そこは仁義を切らなければならないわけですし、こうした不文律的なニュアンスを依頼者に正しくお伝えする──「どこまで折衷するか」をアドバイスするのが我々「アートロイヤー」の仕事です。
    「業界の慣習」に馴染むには「最低でも10年はかかる」とのこと。小松さんが、日本でアートロイヤーとして活動を開始した当初の苦労も、並大抵じゃなかったに違いありません。

    はじめてアート業界との接点を持ち始めたころ、関係者の方に話しを聞くことすら難しい状況が続きました。そこで「アート業界をよくしたいんです!」と意気込んだところで、単なる門外漢扱いで、間(あいだ)を取りもってももらえない……。でも、自身がコレクターとして関与することで、ギャラリストの方や作家さんを紹介してくれる人も増え、同時に業界内の法律相談を受けることで、業界の裏側や本音までも熟知したうえで、的確なアドバイスができるようになっていきました。コレクターとして弁護士として、焦らず、じっくりと……今も業界と真摯に向き合い続けています。

    日本のアート・ローの短所と長所

    はたして「日本のアート・ローの現状」とは……? そんな切実な事情についても、小松さんからわかりやすく解説していただきました。

    日本のアート・ローの “短所” として一番わかりやすいのは、「個人所有の作品を国や美術館に寄付する場合、購入したときの金額にしか税優遇が発生しない」ことです。
    海外だと「寄付した時点での時価で見る」ので、何百倍何千倍もの税優遇を受けることができます。ただ、日本でも緩やかではありますが、法も改正されつつあって、既に法人の場合は、「寄付時の時価」で税優遇を得ることも可能になっている。逆に言えば、そのようなメリットがまだ世間一般的に知られていない。こういうことを一般的に認知してもらうことで、(法人レベルでは)アート作品の取引も活発になってくるはずです。また、それを世間に知らしめる啓蒙活動を行うのも、アートロイヤーの役割の一つだと思っています。
    あと、「相続税」に関しても、日本ではまだ “不都合” な面が多いと、小松さんは指摘します。

    海外だと、相続をする際、相続財産に作品やコレクションが含まれていたら、相続税を納める代わりに、国に作品を納めることで税金の代わりにできる制度があります。そうすることで「国にとっても大切なアート作品の海外流出」を避けることができる。ところが、現時点で日本にはそういう相続時の方策がほとんどありません。

    納税側としては美術品のみを特別扱いできないという考えでしょうが、海外は戦略的に税制度の仕組みを整えて国の美術資産を蓄え、強くしています。今の制度ですと、途方もない相続税がかかってしまうので「そもそも作品を買わない」という躊躇すら抱いてしまう人もいらっしゃるはずです。

    この相続税問題も日本におけるアート・ローの高いハードルになっているため、それを取っ払えば、もっとアートの取引量は増えると予想されます。

    いっぽうで、「日本のアート・ロー」ならではの優遇制度もある……と、小松さんは付け加えます。

    日本では、100万円未満の作品は減価償却の対象になります。これは海外には例のない制度で、作品購入時の「節税」という意味では非常に珍しい制度です。

    アートは「投資」にも最適な安定したマーケット!?

    ニューヨーク留学時代、「欧米の人たちはアートを投資対象として見ている層が日本より圧倒的に多い」という事実を痛感した小松さんは、「アートを投資目的で捉えることは必ずしも “悪” ではない」と断言します。

    理由として、まず一つは「アート作品の価値が比較的安定している」こと。とくに、いわゆる「美術館に入っているクラス」の作家さんだったり、中堅以上の作家さん(の作品)になれば、価格が落ちることはほとんどない。それはイコール「投資対象としても安定している」ということです。

    もう一つは、「動産なので取引がしやすい」「世界的にも流動性が高い」ということ。新興国の株式などよりもリスクが少ない “世界市場” があるわけです。ましてや、アート作品なら、投資対象として所有しているだけではなく、鑑賞して楽しむことはもちろん、それを媒介に友人ができたり、パーティなどの場に参加することもできたり……と、社会的接点も確実に増してきます。さらに作品が制作された意義やコンセプトなどを知ることで「知的好奇心」も満たしてくれる。むしろ、アートコレクションに関しては、投資よりもこの “プラスα” の部分がとても魅力です。

    表現を変えれば、「短期的な転売で儲けるよりは、資産形成の対象として長期的に所有していることで、多くの“プラスα”が生じてくる」のがアートコレクションの醍醐味なのではないでしょうか。金や株券だと見て楽しむことはできないし、知的好奇心は満たしてくれない。そうであれば作品を購入したほうがいいよね……と考えている海外の知人は多かったです。
    にもかかわらず、日本では「アート作品が安定したマーケットである」ことが、残念ながらいまだほぼ知られていません……。

    これまでは、所有している作品をいざという時に流通させたくても、オークションなどの二次市場が開かれていませんでした。しかし、近年ではそういう場もじわじわと増えてきており、日本でも「アートが “作品” としてだけではなく、きちんと “マーケット” として機能している」といった感覚が浸透しはじめていると思います。

    マーケットが強くなりすぎることに対しての懸念はもちろんありますが、マーケットが広がっていくと、当然のことながら新しいビジネスも生まれてくるでしょうし、興味を持つ人も増えてきます。母体が大きければ大きいほど、業界内のプレイヤーは挑戦できることが増えていくはずです。そのような挑戦を、制度としても、法律面でも支えることができるよう「アート・ロー」の分野も、今後はより需要が高まってくるのではないでしょうか。

    日本のコレクターは「アートが好きでアートを購入する」ケースが大半。もちろん、それは素晴らしいことであり、そのような感性を否定したくはありません。ただ、(海外のように)アートを「投資対象」としても見ている層は皆さん、その審美眼が利害とダイレクトに直結するため、慎重かつ真剣に作品と対峙しています。そういう人たちは、むしろ「直感」を抑え、作家の意図や言説をきちんと汲み取り、クリティックを学び「文脈」でアートをひたすら分析しているのです。

    こうやって投資としての目線でもアートを勉強してみると、また新しい面白味が発見できるのではないでしょうか。私個人としては、その結果、「アート」の面白さと醍醐味にどっぷりはまってしまった数人が、コレクションを売却するのではなく、みんなの共有資産として後世に引き継いでいこうという決断をするのではないかと期待しています。

    「写真」のコレクションから最近は「書」にも行き着く

    日本のアート・ローを牽引する弁護士として活躍する小松さんは、同時に自身も「アートコレクター」でもあります。次は「弁護士」ではなく「コレクター」の目線からも、アートについて語ってもらいました。

    最初に購入したのは2010年代の前半──写真家・森山大道さんの作品でした。それを起点として、系譜的にコレクションを加えていくスタイルです。森山さんからスタートして、森山さんの師匠である細江英公さんを知って……という風な流れですね。
    小松さんが述べる「系譜的にコレクションを加えていくスタイル」は、次第に “縦” だけではなく “横” にも広がっていきます。

    ニューヨーク在住時代、たまたまなのですが、大御所写真家のロバート・フランクさんと知り合うきっかけがあり、意気投合していくうちに彼の家に遊びに行くことになったんです。そこで「自分は今、カメラを撮っていて、日本の写真家の作品をコレクションしている」みたいな雑談をしていると、いきなり「おお! ダイドー(=森山大道さん)は元気か?」と聞いてきて、森山さんからもらったという写真集を嬉しそうに見せてくれました。

    さらに、彼が北海道で撮影したという写真も大量に見せてくれて、そのなかに『全日本プロレス』のポスターがありました。彼はそれがなんのポスターか、わかっていなかったようなのですが、生粋のプロレス好きである私は「スタン・ハンセンは知ってるでしょ? ラリアットの! 中央に写っているのが三沢という選手でエルボーが…」と、つい夢中になって熱弁しまくってしまい……(笑)。

    すると、「俺の写真でここまで楽しそうに話すヤツははじめてだよ!」と喜んでくださって、「これはジュンヤが持っているべきだ」と、サイン入りでプレゼントしてくれました。その写真は一番の宝物──また、それ以降、ロバート・フランクさんの作品が私のコレクションラインの太い枝となったのです。
    コレクターとしての “熱” は「写真」だけにとどまらず「現代アート」にも飛び火──最近は「書」に行き着いたという小松さん。一見まったくかけ離れた表現手段をプロセスとする「写真」と「書」に、どのような魅力を見いだしているのでしょう?

    あくまで主観ではありますが、「写真」と「書」って、じつはけっこう似ていると思うんです。とくにモノクロ写真は、黒の濃淡だけで作品が構成されているという意味で「書」と共通しています。「写真」が「化学反応」で濃淡を表現しているのに対し、「書」は「墨の種類や掠れや筆圧、水分含有率」で濃淡を表現する……。異なっている点は、「写真」が「一瞬を切り取る」メディアであるのに対し、「書」は「一つの作品に書きはじめから書き終わりまでの時間のプロセス」が詰め込まれているところ。

    私のなかでは、画面全体を塗りつぶすため、時間的な要素があまり見えてこない「絵画」を中間とすれば、その両極にある「一瞬の時間を切り取る写真」と「書きはじめから書き終わりまでが凝縮されている書」との対比が面白いのです。
    小松さん曰く、アート・ロー専門の弁護士でありながら、作家・コレクター……と “プレイヤー”としてアート業界に関わるメリットは計り知れないのだそう。

    プレイヤーならではの経験や肌感は、間違いなく弁護士業のほうにもフィードバックができています。たとえば、この法律は業界の妨げになっているな……と感じたら、法律自体を変えてみようかと考えてみたり……。

    ずっと日本で弁護士をやっていたら、なかなか「法律を変えてみよう」という着眼にまでは到らないのですが(笑)、このように自由で大胆な思考性を持てたことは、やはりニューヨークでの経験が活かされているのだと思います。

    自分に合ったコレクションスタイルをセレクトする!

    最後に。小松さんから、アートコレクションがいっそう楽しくなる秘訣を教えてもらいました。

    「一目惚れ」で作品を購入するのは全然OKです。僕も10年くらいはそういう買い方をしていましたし……。でも、「一目惚れ」の次に、ちょっとした「見立て」というか、「リンク(関係性)」の面白さを知ってもらえたら、次の段階の面白さを楽しむことができる。そして、「リンクの面白さ」を知るためには、その作品がなぜ、どのような背景からつくられたのかを知る必要があります。

    アート作品の関連書籍や批評文というのは、とても興味深い話が詰まっています。読み出したら、止まらない──まさに至福の時間です。そこで、「あれ? コレってどこかで同じようなことを誰かが言っていたな…」と気づき、その作家さんにたどり着いて作品を購入できたら、自分のコレクションの間に “とっかかり” が生まれてきます。

    さらに、一つの “軸” を決めて、それに沿って購入していくと、コレクションが網の目のように広がっていく……。そうなると、コレクションがよりワクワクするものになってくる。もちろん、そのリンクは作品同士でもいいし、自分とのリンクでもかまいません。“軸” さえしっかりしていたら、コレクションのストーリー自体が “売り” になります。コレクターが作家さんと同じステージでプレイヤーになるには、「なんで集めているの?」という問いに明確な回答を用意する必要があるのです。
    とは言え、たとえば昨今のZ世代のように、浴びるような情報に当たり前のように向き合いながら、良い意味でも悪い意味でも情報の収集法が分断的になっている実状を嘆いているわけではない……と、小松さんは注釈します。

    今は情報とのエンカウンターが非常に偶然的だと思うんです。また、そんな潮流を自作に取り入れる若い作家さんもどんどんと出てきている。アートとは時代を常に反映しているもの──「分断自体がカウンターカルチャー」だという考え方もあるのかもしれない。

    だから、Z世代の人は、馴染みやすいZ世代の作家さんの作品を買う……そんな気軽さでいいのではないでしょうか。ポイントは、無理して自分に合わないスタイルのセレクトをしないことです。ただ、「自分はなにが好きなのか?」くらいははっきりしておくべきかもしれませんね(笑)。

    小松さんのコレクションにクローズアップした展覧会

    【開催概要】
    ■展覧会名:「LINKAGE」
    ■展示アーティスト(敬称略)
    森山大道、操上和美、ロバート・フランク、サイ・トゥオンブリー、アントワン・ダガタ、今坂庸二朗、山谷佑介、井上有一、華雪
    ■期 間 : 2023年3月17日(金) 〜4月4日(火)  ※会期中は休館日なし
    ■営業時間:12:00 ~18:00
    ■会 場 : between the arts gallery (東京都港区元麻布2-2-10)
    【プロフィール】
    小松 隼也(こまつ・じゅんや)さん
    1986年長野県生まれ。同志社大学法学部卒業。2009年に弁護士登録後、2011年に『東京写真学園プロカメラマンコース』を卒業。2015年にニューヨークのフォーダム大学ロースクール卒業。2019年に『三村小松 法律事務所』を設立し、独立。「アート・ロー」を専門とする弁護士として活動するかたわら、ブランドの立ち上げや知財戦略、海外との契約交渉、さらにはビジネスをサポートするリーガルディレクターとしての活動も行う。2021年に株式会社直観を立ち上げ、アートやファッションに関する企画の実施も行っている。

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