コレクターインタビュー:憧れの世界との架け橋になったアート(大國 耕嗣さん)

    2023.04.19

    30代前半に初めてアート作品を購入した大國耕嗣さんは現在150点超の作品を所有しています。最初はネットサーフィンを中心に作品の情報収集や購入をしていましたが、あることをきっかけに、コレクターや作家、ギャラリーの方々とリアルに交流する楽しさに目覚めます。

    それからは海外のアートフェアにも積極的に訪れる等して、刺激的な人々との出会いや素晴らしい作品との出会いの数々を経験しつつコレクションを増やしてきました。そんな大國さんに、アートコレクターだからこそ経験できた様々なエピソードや、彼と同じような会社員でアートのコレクションを本格化させたい方々へのアドバイスを伺いました。

    ーアートをコレクションしようと思ったきっかけは何ですか?
    大國:私は一人っ子で社会人になるまではどちらかというと内向的な性格で、自宅で時間を過ごすことが多かったんです。いくつか趣味はありましたが、特に音楽にハマっていて。CDやレコードをたくさん集めていましたが、音源以上にジャケットのデザインが気に入るものを買っていました。今や凄い人気のBANKSYもキャリア初期の頃はジャケットのデザインをしていたんです。色々と調べていくうちに自然とストリートアートに興味を持つようになりました。

    コレクションを始めたのは2010年に引っ越しをするタイミングで、インテリアとしてアートを飾ってみたいと思ったのがきっかけです。その頃には既にBANKSYは高くなりつつあったので、ノルウェーのストリートアーティスト、DOLKの作品を購入したのが最初でした。
    ーギャラリーなどにも行かれたのですか?
    大國:いえ、行きませんでした。最初の6、7年はネット上の情報収集だけで完結していました。海外のストリートアート作品ばかりをコレクションしていたので、ギャラリーに行くことは考えてもいませんでしたね。ネット上で海外のコレクターと繋がり、作家の話やマニアックな情報交換をすることで満足していたんです。
    ーギャラリーに足を運ぶようになったきっかけは?
    大國:偶然訪れた六本木のCLEAR EDITON GALLERYでMADSAKIさんの展示を見て衝撃を受けました。国内作家のコレクションをしたことがなく、その場は立ち去りましたが、ずっと後ろ髪を惹かれていて。

    後日、MADSAKIさん本人にもアプローチしましたが、丁度カイカイキキギャラリーに所属されるタイミングでもあり、窓口が変わっていました。追いかけるようにギャラリーにも伺いましたが、一見(いちげん)ということもあり、コレクションはできませんでした。今思うと大切な作品を誰が所蔵するかは非常に重要なことなので当たり前なのですが(笑)
    ーそれでも、そこで諦めなかったわけですね?
    大國:どうしても諦めきれなくて。調べる中でカイカイキキギャラリーを率いる村上隆さんと懇意にされているギャラリーが大阪にあることを知りました。

    当時は仕事の都合で仙台に住んでいましたが、居ても立っても居られず、熱意だけでも伝えたくて会社を休んで大阪に向かいました。突然の訪問でしたが、ギャラリーオーナーの方はとても親身に対応してくださり、「村上隆さんに相談してみる」と。翌日には「MADSAKIさんの個展ができる運びになったので是非お越しください」と連絡をいただきとても感激しました。

    その個展では念願のコレクションが出来ただけでなく、MADSAKIさん、ギャラリー、コレクターの方々と食事をしながらお話ができる機会もいただけました。それまではネットだけに閉じた世界だったのが、一気に視界が開けましたね。リアルな交流の場にも積極的に参加するきっかけになりました。

    MADSAKIの最初のコレクションになった「You Got it All Wrong」

    ーその後、海外のアートフェアを訪れるようにもなったのですね?
    大國:2018年にマイアミで開催された「Art Basel」に行きました。海外に行くのは10年ぶり。実は国内のアートフェアすら行ったことがなかったのですが、どうせ行くなら最高の体験にしたいなと。

    調べるとVIPデーなるものがあるということがわかったので、思い切って公式HPからアプローチしました。幸運にも日本のVIP担当の方と繋がることができ、何度か所有作品等のやり取りをした後にVIPとしてマイアミに行くことができました。出展ギャラリーとお付き合いがあれば比較的容易なことですが、当時の私は全く知りませんでした。
    ー現地ではどのような体験をなさいましたか?
    大國:プレビュー前夜に現地入りした日本人は私だけだったようで、ドイツの大手ギャラリー主催の特別なディナーにお招きいただきました。100名近いVIPの中で日本人ゲストは私だけ。言葉が通じず大変でした(笑)。ただ、会社員という立場で来ているのが珍しかったようで、逆インタビューをたくさんしてもらいました。アートという共通点で国を超えてコミュニケーションがとれたことにも感激しましたね。

    アートフェアでは会場をガイドしていただいた以外にも地元コレクターの自宅拝見があったり、マイアミの土地らしい大きく鮮やかな作品を楽しむことができました。それまでの生活では得られなかった感動がたくさんあり、とにかく担当の方には感謝してもしきれません。

    それ以降は、アジアやヨーロッパ等、各国で行われるアートフェアにも時間が許す限り出向くようにしています。
    ー当時、マイアミでは何か購入されましたか?
    大國:折角だったので海外ギャラリーを中心に検討しましたが、SCAI THE BATHHOUSEの展示ブースに伺った際、奥の小部屋に案内してもらうと可愛い小鳥の作品があって。名和晃平さんのPIXCELLシリーズだったのですが、特別感もあって即決でコレクションしてしまいました。国内だと中々手に入らない作品なのでとても満足しています。
    ーその他、作品を購入する際に大変だったことはありますか? 特に購入資金をどうされているか気になります。
    大國:コレクションを始めて間もない頃は、資金繰りにはとても苦労しました。会社員なので資金調達の手段は少なく、色々考えましたが、どうしても欲しい作品と出会い、ここはもうお金を借りるしかない! と思って銀行に相談へ行きました。

    銀行の方もアート購入の相談は初めてだったらしくとても驚いておられましたが、どうやら車や結婚資金等に使えるローンがアート購入にも使えそうだということがわかりました。当時勤めていた会社は社会的にも信用があったので1,000万円程の資金を借りることができました。会社員としては無謀なチャレンジだったと思いますが(笑)。
    ーバーチャルでもリアルでも意欲的に作品を購入されてきた大國さんのコレクションは、今や約150点に及ぶそうですね。ご自宅にもたくさん、スタイリッシュに飾られていますが、残りの作品はどうされていますか?
    大國:自宅の一室をアート専用の倉庫にしていますが、所蔵しきれない作品をbetween the artsの「美術倉庫」に預けています。

    保管場所をどうするかはコレクター共通の悩みだと思います。私の場合は、有名な専門倉庫はなんとなく敷居が高く、個人でトランクルームを借りることも検討しましたが湿度や環境に不安があり踏み切れずにいました。そんなタイミングでbetween the artsが保管サービスを始めるというのを目にして、条件が合いそうだったのでお任せすることにしました。

    書斎にはインパクトのあるコムロタカヒロさんの彫刻作品と小畑多丘さんのキャンバス作品。どちらも親交の深い作家。

    ー使い勝手はいかがですか?
    大國:コレクションを続ける上でかなり依存しています。作品を預ける以外にも、私は定期的に自宅の展示作品を入れ替えますが、美術品を専門で扱うアートハンドラーが運び、設置、ピックアップまでしてくれるので全幅の信頼を置いて依頼しています。
    ー大國さんは2021年、「美術倉庫」に作品を預けているコレクター専用の展示スペースである、「between the arts gallery」でコレクションをお披露目する展覧会を開催していますね。開催されてみていかがでしたか?
    大國:何よりも楽しく、こうした機会をいただけたことは今でも感謝しています。最初の打ち合わせでは、どういった展覧会にするかをディスカッションしました。

    その中でファッションや音楽といった自分のルーツがアートコレクションにも色濃く反映されていることに気づかされました。展覧会のタイトルも90年代に流行った音楽ジャンル「TRIP HOP」とし、DJが曲をセレクトするノリで作品もピックアップさせてもらいました。改めて自分のコレクションについて考え、整理するきっかけにもなりましたね。
    会期中は何年も会っていなかった友人が関西から見に来てくれたり、作品を展示した作家の方々にも遊びに来ていただきました。みなさん喜んでくださったことがコレクター冥利に尽きると思いましたし、単純に嬉しかったです。
    ーご自分のコレクションを展覧会という形でお披露目したことによる反響はいかがでしたか?
    大國:それまでは会社の同僚とアートについて話すことはなかったのですが、「TRIP HOP」展をきっかけにアートを買ってみたいという人が出てきたり、経営者の友人からも節税にもなるのでアートを購入したいといった相談が来るようになりました。

    その他にもメタバースを運営する会社から何かアートとコラボできないかと相談がある等、様々な反響がありました。コレクターとしてもコレクションをお披露目できたことで、ある程度信頼が得られたような気がしています。
    ーそのようなお話を伺っていますと、アートをコレクションすることは大國さんの人生に大きな影響を与えているように思いますが、いかがですか?
    大國:人生がとても豊かになったと思います。私は作り手側に憧れていた時期があり、服飾専門学校に通ったり、モノづくりの勉強をしていたこともありましたが、才能もなく落ちこぼれでした(笑)。なのでクリエイターの方々には強いリスペクトがあります。

    また10代、20代の頃は年間300冊以上カルチャー誌を読み漁ったりしていましたが、いずれも一人で憧れの世界を想像、妄想する時間が長くあまり現実的でなかったと思います。

    それがアートコレクションをすることがきっかけとなって、当時憧れていたファッションデザイナーや建築家、作家の方々と仲良くさせていただくことができています。日常的にプライベートでお付き合いがあったり、一緒に国内外のアートフェアに出かけることもあったり。当時から考えると未だに信じられません。

    ビジネスシーンでも、とても良い刺激を受けています。アートコレクターには経営者、起業家も多く、お話するだけで学びがあり仕事に影響があることも少なくありません。実は今所属している会社でも、アートの交流から親しくなった有名企業の会長さんにお声がけいただきビジネスに繋がるということもありました。

    アートに夢中になって約10年、好きで思い切って行動してきたことが後から色々と良いことに繋がって来ていると思います。

    キッチンスペースには五木田智央の作品を

    ーなんだか夢のようなお話ですね。そんな大國さんから、ご自身のような会社員コレクターの方々へのアドバイスがありましたらお願いします。
    大國:基本的にはアートが「好き」「飾りたい」という欲求がありコレクションを続けています。とにかくまずは、作品を手に入れること、手に入れたら作品を飾ってみると良いと思います。
    ーその時どんな感覚が湧いてくるのでしょうか?
    大國:「この作品の並びにこれを置いてみよう」とあれこれ試してみたり、見た目だけでなく、作品の関係性を考えて並べ方をアレンジしたりする時間が楽しいです。そしてまた作品や作家について勉強して、違った側面を発見する等、どんどん世界が広がっていくのがたまりません。

    ただ、良い作品や人気作品の価格がどんどん高騰している傾向もあるので、購入が難しくなってきているとも感じています。売れそうな作品を模倣しているものが出てきたり、青田買いされて一時的に高騰してしまっている作品を高値づかみしてしまうリスクも増えています。たくさんの作品を見てクオリティを見抜く目を養い、情報収集もしっかりして自分なりの基準を作っておくと良いかもしれません。

    例えば、今ここに飾ってある円形の大きな作品は、Sam Friedmanという作家のものです。信頼しているギャラリーの方に薦めていただいたのですが、この絵柄と美しいグラデーションが一目で好きになりました。

    このような大きな作品を購入するのには思い切りが必要ですが、同時にリサーチも重要です。作家が、世界的に高評価を得ているKAWSの右腕として活躍していたこと、注目していた「Library Street Collective」というデトロイトのギャラリーに所属していること等、いくつかの情報を踏まえて、自分なりの基準をクリアしたのでコレクションすることにしました。

    Sam Friedmanの大型作品にあわせたのは陶芸家・吉田直嗣の花入れ

    ーやはり、欲しい作品と資金繰りのバランスをとることも重要ですよね。
    大國:そうですね。5~10万円くらいの作品でしたら、「好き」を最優先に購入して楽しむのも良いと思いますが、百万円単位となってきますと、やはり会社員にとっては「清水の舞台」です。

    これまでの作家の評価や作品の金額、所属ギャラリーやオークションでの落札価格など、直感とロジカルを駆使して、なるべく評価が下がらなそうな作品を選ぶことは、長くコレクションをしていく上でも重要だと思っています。
    ーbetween the artsが提供するコレクション資産管理サービス「COLLET」に今後期待することはありますか?
    大國:先ほどの話とも関連しますが、ギャラリストや関係者ではない第三者目線で、作品を購入する際の安心材料になる情報を提供してもらえるとありがたいと思います。
    ー大國さん、ありがとうございました!
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