草間彌生|経歴や代表作・コラボ作品を解説

    2023.01.27

    草間彌生は、現代アートの頂点に立つとも言える、現役の世界的アーティストです。アイコニックな水玉模様やかぼちゃの作品は、アートや美術作品にさほど関心のない人でも目にしたことがあることと思います。この記事では、草間彌生の経歴や代表作品についてそれぞれ解説していきます。

    草間彌生の経歴と人生

    2017年設立の草間彌生美術館によると、その肩書は「前衛芸術家、小説家」。創作活動は絵画、パフォーマンス、彫刻、映像作品から、小説や詩集の執筆にまで及びます。

    芸術家として活動するまで

    1929年長野県松本市生まれ。種苗問屋を営む裕福な家庭でしたが、気性の激しい母、両親の不和のもと、精神的に抑圧され、幼少時より幻視・幻聴を患います。絵を描いている間はその恐怖から逃れられると、10歳ごろから絵を描き始めました。

    また、家業の採種場にはスミレなどの花畑があり、自然が身近なものでした。女学校を卒業後、京都市立美術工芸学校に編入し、日本画を学び絵画の基礎を習得。その後、松本に戻ってからも、精力的に絵を描き続けます。松本市内の公民館で個展を2回開催。偶然来場した信州大学教授で精神科医の西丸四方により、東京進出のきっかけを得ます。そして、東京の白木屋百貨店、タケミヤ画廊、求龍堂画廊などで作品を発表していきます。

    ニューヨーク時代の活動

    草間彌生は自伝の中で次のように語っています。
    私の芸術には、もっと限りなく自由で、限りなく広大な世界を必要としていた
    via 『無限の網 草間彌生自伝』草間彌生 著(新潮社 2012年)
    女性画家ジョージア・オキーフの画集を手にしたことを機に、アメリカ行きを決め、1957年シアトルでの個展開催が決まり単身でアメリカにわたります。翌年に目的地であるニューヨークに移り、1959年ブラタ画廊でニューヨーク初個展を開催。飢えと寒さの貧乏生活、日本人で女性であるがゆえの苦労も多いなか、旺盛に制作を続けます。

    発表した作品の種類は多岐にわたり、大型絵画作品、ソフトスカルプチャー、服飾デザイン、映像作品、そして反戦運動にも絡んだパフォーマンス「ハプニング」などは抽象主義が全盛であったニューヨークでも衝撃的に受け止められ、前衛芸術の女王としての地位を築いていきます。

    日本への帰国

    1973年、16年に及んだニューヨーク生活に幕を下ろし、拠点を東京へ戻します。帰国理由の一つは体調不良であり、帰国後は病院の一室で制作活動を続ける時期もありました。ただ「前衛の女王」を受け入れるには、日本のアートシーンはあまりにも遅れており、ニューヨークでの活動はスキャンダラスに報道されてしまっていたのです。草間彌生にとって不遇の時代でしたが、コラージュ作品、版画の制作、小説や詩の執筆など、ますます創作活動は広がっていきます。やがて80年代に入ると、東京のギャラリーで新作を定期的に発表。欧米でニューヨーク時代の作品が出品され、美術史上の文脈で語られるようになると、日本でもようやく好意的な評価を得られるようになります。

    1989年に再ブレイク

    1989年、草間彌生60歳。ニューヨークの国際現代美術センターで開催された大規模個展「草間彌生 回顧展」をきっかけに、世界中で再評価がはじまります。さらに1993年ヴェネツィア・ビエンナーレ日本館での個展が、前衛芸術家・草間彌生の再評価を決定的なものとします。それ以降はさまざまな国際展に招待され、精力的に国内外で新作を発表。

    1994年に最初の野外彫刻「南瓜」が制作されると、これを皮切りに世界各地に草間彌生の野外彫刻が設置されるようになります。2000年代に入り、その人気はさらに拡大。いつも世界のどこかで草間彌生の展覧会が開かれ、草間彌生の作品を見ない国際展は無いのでは、というほどの活躍が今も続いています。

    草間彌生の代表的作

    「水玉」「ソフトスカルプチャー」「ハプニング」「無限の網」「鏡の部屋」「南瓜」など、次々と生み出される代表的作品について解説していきます。

    南瓜(かぼちゃ)

    草間彌生のかぼちゃといえば、1994年以降各地に登場した野外彫刻の巨大な南瓜と、そこから派生した絵画などの作品をイメージする人が多いかと思います。しかし、実は南瓜作品の起源は1946年にさかのぼり、当時17歳の時に、全信州美術展覧会に出品した「南瓜」タイトルの作品が入選しています。自伝のなかでも、小学生の頃に祖父の広大な採種場でかぼちゃに出会ったこと、その手触りの愛しさと愛嬌のある形に魅せられたこと、「太っ腹の飾らぬ容貌」と精神的力強さに造形的興味を受けたことを語っていて、南瓜への想いの深さがうかがえます。

    無限の鏡の部屋:ファリスの平

    1965年ニューヨークのリチャード・カステラ―二画廊で開催された個展「フロアー・ショー_草間」で公開されました。無限の鏡の間シリーズの最初期作品です。ファルス(phallus)とは男性器のことで、草間彌生の幼少期からの恐怖の対象となっていた、性的なものの象徴です。布製のソフトスカルプチャーで作った大量のファルス形突起物が鏡で反復され、無限の増殖効果を生んでいるのが特徴です。そのなかに自ら作品のピースとして身を置くことで、恐怖克服への強いメッセージとなっています。

    ウォーキング・ピース

    1966年に制作された、カラースライドによるパフォーマンス記録。草間彌生自身がピンク色の振袖を着て、黒髪を三つ編みのお下げにし、日傘を差し、ニューヨークの街を歩く様子を撮っています。何枚ものスライドのなかには、袖を目に当てた泣き真似のような姿や、日傘を斜めに空を睨む姿、着物の裾を翻し大股で闊歩する姿などがあります。ニューヨーク生活での「日本人で女性であるがゆえの苦労」を逆手に取り、その差別的ステレオタイプを揶揄するかのような作品です。

    赤い靴

    2002年に制作した、鹿児島の美術館・霧島アートの森のコレクションです。強化プラスティックによる高さ170cmを超える彫刻作品で、原色の水玉と網目をカラフルに大胆に描いていています。ハイヒールは女性の自立を象徴しており、ウーマン・リブ(女性解放運動)全盛の1960年代をニューヨークで過ごした草間彌生にとって、重要なモチーフの1つです。1983年にアクリル画で描いて以来、立体化を温めてきたと言われています。

    わが永遠の魂

    2009年より大型絵画「わが永遠の魂」シリーズを描きはじめます。2004年から2007年に制作された「愛はとこしえ」シリーズでは、白いカンヴァスに黒い線で植物や目や女性の顔などを描き、新境地を開きました。「わが永遠の魂」シリーズは、そのモノクロ表現に色彩が加わり、さらに表現の多様性が広がっています。さらに増え続ける本シリーズの作品群に共通するのは、反戦・平和の祈り、生命賛歌、宇宙とのつながり、芸術の力を信じる姿です。

    日本で「かぼちゃ」の作品が見られる場所

    草間彌生作品を所蔵する館は、北は青森から南は鹿児島まで点在しています。つまり、「かぼちゃ」も各地で見ることができます。

    十和田市現代美術館

    アートによる「新たな体験」を提供し、未来の創造へ橋渡しをする美術館となることを目指して2008年に開館した十和田市現代美術館。そのアート広場の一角に2010年に現れたのが、草間彌生の野外彫刻作品群「愛はとこしえ十和田でうたう」です。8つの彫刻作品で構成され、その1つが「十和田で発見された私の黄色カボチャ」です。体験型作品であるかぼちゃの内部は、七色の光が明滅し、訪れる人を無限に増殖する世界へといざないます。

    ハラミュージアムアーク

    ハラ ミュージアム アークは、1988年群馬県渋川市に、現代美術専門館である原美術館(東京品川)の別館としてオープン。2021年に原美術館とハラ ミュージアム アークを統合し、「原美術館ARC」として渋川市にリニューアルオープンしています。ここで見ることができるかぼちゃは、大型インスタレーション「ミラールーム(かぼちゃ)」。文字通り鏡の間にかぼちゃを配置し、無限の広がりを表現しています。

    福岡市美術館

    福岡市民の憩いの場であり、福岡の歴史・文化・観光の発信拠点である福岡市美術館。ここで見ることのできるかぼちゃは、1994年福岡の街に現代美術を展開したアートプロジェクト「ミュージアム・シティ・イン・天神’94’」で、街なかに突如現れた大きな黄色いかぼちゃです。草間彌生が手がけた最初期の野外彫刻作品で、1996年に福岡市美術館のコレクションとなりました。それ以来は美術館前の屋外広場に展示され、入館しなくても見ることができます。

    草間彌生のグッズとコラボ商品

    今や草間彌生作品のアイコンはさまざまなグッズとして増殖。身近に「買える草間彌生」を探すことができます。

    松本市美術館

    草間彌生の故郷に「学びの森の美術館」として2002年4月に開館した松本市美術館。野外彫刻「幻の華」と、建物前面を水玉で覆った「松本から未来へ」が来館者を迎えます。常設展に「草間彌生 魂のおきどころ」があり、コレクションは初期作品から最新シリーズまでそろえています。ミュージアムショップの草間彌生グッズも人気が続いています。

    MoMA Design Store

    ニューヨーク近代美術館「MoMAコレクション」から選定されたデザイン製品と、オリジナルデザイナーによる公認モデルのみを提供するMoMA Design Store。草間彌生グッズは、水玉と網模様で覆われた作品やかぼちゃをモチーフにしたものなど、1950年代から現在に至るまでのキャリアを網羅しています。

    ルイ・ヴィトンとのコラボ商品

    2012年、当時ルイ・ヴィトンのデザイナーであったマーク・ジェイコブスが草間彌生のファンであったことから、コラボレーションが実現。ヴィトンの名作モデルに水玉模様が融合した斬新なアイテムは、皮革製品、小物など多岐にわたりました。コラボから10周年を記念して、第2弾コラボ商品が2022年から2023年にかけて披露される予定です。

    高額落札された草間彌生の作品

    草間彌生作品の落札価格は、年々高額化しています。2022年5月、PHILLIPS(フィリップス)ニューヨークオークション「20世紀現代美術のイブニングセール」では、草間彌生の「Untitled (Nets)」(1959年)が$10,496,000(約13億5,000万円)で落札されました。前年2021年12月のクリスティーズ香港では「南瓜」(2013)がHK$62,540,000(約9億900万円)で落札され、草間彌生作品のオークションレコードを更新したばかりでした。その勢いはまだまだ止みそうにありません。

    まとめ

    1950年代から走り続ける前衛芸術の女王・草間彌生。自らの恐怖の克服からスタートした創作活動は、昇華され、生命力に満ち溢れ、見る人を楽しませ元気づけます。国・世代を超えて愛される草間彌生作品が発する「ラブ・フォーエバー(愛はとこしえ)」のメッセージ。芸術の力を信じる彼女の生きざまは、アートそのものであると言えます。
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