日本ワインの「儚さ」に魅了され、「世界一」と呼ばれるまでになったコレクターが語る、こだわりのニッチ道【『BAR松田』店主・松田拓也さん】

    2023.04.19

    当然ながら、一言で「コレクター」と言っても、数えきれないほどのさまざまなジャンルがあり、そのジャンルごとに第一人者的な人物が実在する──そんななかから、今回は「世界一のある日本の作りてのワインコレクター」との呼び名も高い『BAR松田』の店主・松田拓也さんから「コレクション」の醍醐味や、「ワイン」にまつわるいろんな興味深いお話を、ご自身のポリシーと体験談を交え、聞かせていただきました。

    山梨のワイナリー『ボーぺイサージュ』の赤ワインから受けた衝撃

    就職をしたことが一度もなく、大学に入学する前から自営業をなされていたという松田さん──一体どのような経緯を経て、日本ワインに魅せられていったのでしょう?
    松田さん:高校を卒業する前に父が倒れてしまい、家業の古書店を継がねばならなくなったのです。昔から古いもの、歴史のあるものは好きでした。そういう嗜好が高じてウイスキーやワイン……と、お酒のマニアックな世界にハマっていったわけです。
    ──お酒はいつくらいから?
    松田さん:25年ほど前の20代後半あたりから、ある程度は「お酒が趣味」だと公言できるようなものを飲み始めています。

    『BAR松田』は、普通のBARと変わらない、それこそ「カクテル以外ならなんでもあるお店」として2008年からスタートしたのですが、そこで“ウイスキーの師匠”に当たる方と出会い……なので「最初はウイスキーから」でした。
    ──初めてワインに興味を持ったのは?
    松田さん:お店をオープンして1年ほどのころでしょうか。当時、銀座にあった某フレンチレストランに勤めていた著名なソムリエさんに出していただいた、とっておきの日本の赤ワインがあまりにも衝撃的で……。そこからワインに次第と傾倒していったのです。
    ──日本ワインはわりと若いものが多く、「コク」という面では弱いイメージがあるのですが?
    松田さん:おっしゃるとおりだと思います。おっしゃるとおりではあるのですが、その一杯は「儚(はかな)くて、すごく美しいワイン」だった。「薄い」と「儚い」はこうも違うものなのか、と。『ボーペイサージュ(BEAUPAYSAGE)』というワイナリーで作られたワインでした。

    日本ワインなら、やや簡単に「世界一」にもなれる?

    山梨県にワイナリーを有する『ボーぺイサージュ』との出会いをきっかけに、松田さんは、この滅多に市場には出回らない「幻のワイン」の虜に。自身の足と情報網をフルに使って、地道にコレクションを続け、今では『ボーペイサージュ』を約1,000本、「世界一のボーぺイサージュワインコレクター」として、世界中のワインLOVERから名を知られるようになります。
    松田さん:「世界一」とは、なかなかに便利な言葉なんです。

    私は、ワインの世界にハマる前は古いクルマが大好きで、カーレースをずっとやっていました。ハタチのころに、現在も所有しているクラシック・レーシングカーを購入し、当時は「世界最年少」としてレースに参加していたため、この「世界一若い」というキャッチフレーズだけで、多くの人たちが私のことを応援してくださった……。

    ワインの世界でも、たとえば、王道のブルゴーニュで「世界一のコレクター」になろうとしたら、最低でも何十億円は用意しなければなりません。しかし、「日本ワイン」というニッチなジャンルに絞ることで、お金が無くてもやや簡単に「世界一」になれました。
    ──「日本ワインをコレクションしよう」と決意した当初から、すでに「世界一を目指す」というプランは、頭にあった?
    松田さん:日本ワインに特化したおかげで「世界一のコレクター」と呼ばれ、そこから少なからずのメリットを享受している……という事実は否定いたしません。繰り返しますが、どんなにニッチなジャンルでも「世界で一番」っていうのは、わりと伝わりやすいフレーズですから。また、徹底的にマニアックなジャンルでもかまわないので、こうした“称号”を得ることは、投機的な価値を超えた“豊かな人生”をすごすコツなのかもしれません。

    ただ、大前提としては、まず自分が飲んでみて「好きだ」と感じたものを集めるようにしており、その姿勢は現在も変わっていません。

    私がコレクションしている日本ワインも最初は理解されなかったのが、自分が好きで集めていくうちに、だんだんと評価されてきて、高値がついていった──いわば「好きなものを買い続けていたら、後から市場価値が上がってきてしまった」わけです。そういうプロセスのほうが、コレクターとしても「夢がある」と、私は思います。
    ──「日本ワインのコレクター」は、やはり「ニッチ」なのでしょうか?
    松田さん:最近は日本ワインの評価も高まりつつあるので、だいぶ増えてきていますが、コレクションをし始めたころは、まだ「日本ワイン=複雑味がない」とのイメージが強く、物好き的な目で見られていました。
    たしかに、「ワインは古ければ古いほど味に豊穣さが加わり、価格も高くなる」という先入観が、我々素人にはあります。日本のワインにも、それこそ何十年も前に作られた“年代物”が、今ちょうど“飲みごろ”になっているようなケースはあるのか? そんな素朴な疑問を松田さんにぶつけてみると……。
    松田さん:たとえば、私が集めている『ボーペイサージュ』が一番最初に作ったワインは西暦2000年前後です。だから、日本ワインにいたっては正直なところ「まだわからない」のです。一応、戦前から日本でもワインは作っていたのでしょうけど……。
    ──ならば、「歴史」の面だとどうしても劣ってしまう「日本ワインの魅力」とは、ズバリ?
    松田さん:ブルゴーニュの真似もしていない、ボルドーの真似もしていない……かと言って、イタリアワイン、カリフォルニアワイン……ほか、どの国のワインにも似通っていない。飲めばすぐ日本のワインだと確定できる独自の特徴が最大の魅力──それが私の持論です。

    ワインの醍醐味は「一期一会」

    コレクション資産管理サービス『COLLET』を運営する会社の代表であり、アートコレクターとしても有名な大城崇聡さんは、コレクションの基準として「とにもかくにも好きな作品を買うことが第一」と主張します。同様に、松田さんも「好きなものを買うというシンプルな動機を無くしてはいけない」と断言します。しかし、アートなどと異なり、ワインは集めるだけじゃなく飲まなければ意味がありません。松田さんはそのような「消費がマスト」となる性質を持つ“特殊なコレクション”と、一体どう接しているのでしょう。
    松田さん:「文化としてのワイン」と解釈した場合──仮に私が世界で一番『ボーペイサージュ』を所有しているとするならば、自分が一番『ボーペイサージュ』に関するあらゆる実験ができる、ということになります。

    本当の飲みごろはいつなのか?──20年、30年……と寝かした日本ワインは美味しくなくなるのか、ピークを過ぎてしまうのか……「いや、日本ワインも長く置いたら大化けするんだよ」ということが判明するのか? こういう“新たな発見”と“自分”が、世界でもっとも近い位置関係にいるという現実に、私はワクワクしてしまうのです。せっかくこのような恵まれた環境にあるのですから、今後はそういった試みにどんどんと取り組んでいきたいと考えています。
    ──けれど、1,000本もの『ボーペイサージュ』をご自身だけで飲み尽くすのは…厳しいですよね(笑)?
    松田さん:はい、さすがに無理でしょう(笑)。一本のワインをたとえば10年後、20年後……30年後くらいまでは、ギリギリ飲めるかもしれません。

    ただし、実験として「50年後、100年後に飲めばどうなるんだろう?」となったとき、自分はもうたぶん生きてはいないので、確かめることができません。となれば、その実験は次の世代に託すしかない、イコール「市場に流通」させなければならないわけです。

    現時点ではまだ自分で飲むことができる幸運な状態にありますが、近い将来はオークションに出したり、このCOLLET MAGAZINEを運営するbetween the artsから「預けたコレクションの個人間取引のサポート」を受けたり……と、「二次流通」も視野に入れることになるでしょう。
    「ワインの醍醐味は一期一会にある」と松田さん。この瞬間、ここで飲んだ一口は人生で二度と味わえない……。同じワインを同じタイミングで一箱買って、同じ状態で保管していても、ワインは一本一本風味が変わってきます。この世に完全に同じ味のお酒は存在せず、厳密に言うならば、同じ一本のワインでも開けた直後にどんどんと風味は変化していくので一口一口で味は違うのです。
    ……と、聞けば聞くほど奥が深くてデリケートなワインコレクション──そのきっかけとして、もっとも松田さんがおすすめするのは……?
    松田さん:お子さんの誕生日だとか、結婚なされたときだとかご自身の会社を創業なされたとき……などの、節目的な記念日年のヴィンテージワインを購入するというのはコレクションを始める、とてもいい入り口です。

    ただし、たとえば、もしお子さんの誕生年のヴィンテージワインを、お子さんが成人したときに開けたいのなら、「保管」の問題が重要になってきます。
    ──「靴箱に入れておくのが良い」なんて話を聞いたことがあるのですが…?
    松田さん:靴箱だと高温多湿な日本の夏はたぶん越えられないでしょう。冬場で長期保存しないのならそれでもかまいませんが……。保管の肝は「温度管理」に尽きるので、ワインセラーは必須です。
    ──ワインセラーは、やっぱり「必須」…なんですね?
    松田さん:とは言え、その一本のためだけにワインセラーを買うのも大変です。電気代はかかるし、停電したり故障してしまうことだってありますから。しかし、セラーなしで保管していると、抜栓するころには間違いなく、もう飲める状態ではなくなってしまっています。

    しかも、一本買ってしまうと、人間どんどん欲しくなってしまうものなので、それらのじわじわと増え続けたワインを無理して自宅で保管しようとすると、下手すればワインの命を殺してしまう危険性もあるんです。

    一度、熱が入ってしまい、死んでしまったワインはどう頑張っても元には戻らないので、ちゃんとした環境で保存しておくには、「預ける」のが一番確実。そういう意味で『COLLET STORAGE』のような、一本からでも預かってもらえる保管サービスは、とくに持っている本数が少ない場合、じつにありがたいと思います。
    少々生々しい話になってしまいますが、万一、一本数百万円のワインを何億円分もセラーで保管しているコレクターが急逝してしまった場合、いろいろと困った問題が発生してしまう……と、松田さんは表情を曇らせます。
    松田さん:その膨大なコレクションを処分しようにも、処分ができないんです。どこに売っていいかもわからないし、遺族の方々が「電気代がもったいない」とセラーの電源を抜いてしまうという“悲劇”も耳にしたことがあります。悪質な業者に二束三文の値で買い叩かれてしまうことだってあり得ますし……。
    ──ひ、ひどい! 天に召してしまわれたコレクターさんが可哀想すぎます!! なにか対策はあるのでしょうか?
    松田さん:存命中に、自分が持っている資産を明確にしておくしか方法はありません。古いレーシングカーにせよワインにせよ、これらはたまたま自分の手元にあるだけであって、次の世代に引き継いでいく文化遺産です。それをきちんとした健全な状態で保存することは、コレクターの責任なのです。そういう意味で『COLLET』の保管サービスはコレクターにとって、非常に意義がある──文化的な事業なのではないでしょうか。

    「勉強する」のではなく、まず「感じること」が大事

    自他ともが認める「世界一のある日本の生産者のワインコレクター」にまで登りつめた松田さんは、今後の展望を、こう語ります。
    松田さん:私は美しいものが好きなので、アートコレクションもしてはみたいのですが、アートのコレクターとして世界一になるのは、やはりむずかしい(笑)。

    しかし、素晴らしい作品を世界一レベルで集める力は無くとも、たくさんの優れたアートを「観る」「触れる」という経験はこれからだって、できるかもしれない……。

    美味しいワインを飲んだり、素敵なご飯を食べるのも一種の「アート」──美しいものを観たり美味しいものを味わったり……また、それらの「経験」をプロデュースするのも「アート」と定義できるのではないか……と。そういった広い解釈での「アーティスト」になって、美しいものを五感で堪能できたときの至福な記憶を集めてみたい。漠然とした表現ではありますが、いわゆる「経験のコレクター」になれたらいいな……みたいなことをぼんやりと頭に描いています。
    最後に。松田さんから「ワイン」の愉しみ方……さらには「コレクター」として人生を楽しむ秘訣を伝授していただきました。
    松田さん:初心者の方はよく「ワインを勉強したい」と言われるのですが、ワインは「勉強するもの」ではなく「感じるもの」です。アートだって、勉強したほうが「理解」への近道ではありますが、まずはその「美しさ」を感じなければいけません。

    私は「感じること」を、よく「背筋がゾクゾクとするような感覚」と言い表しているのですが、なにかをコレクションするときは、そのような感動に対峙したときの“直感”を一番大切にすべきだと思います。それが結果的には「価値がないものを集める行為」となってしまう可能性もあるでしょう。でも、ご本人が好きでさえあれば……ワインなら飲めばいいだけの話です。

    ちなみに、少しでも多くの感動と出会うため、極論、私は「美味しくない」と、すでにわかっているお酒をあえて買うこともあります。
    ──えっ! それはどういう意図で…!?
    松田さん:生産者側が手を抜いて美味しく感じないワインには価値を覚えませんが、本気で作った末に、たまたま自分にとっては美味しく感じなかったワインには、作り手の情熱とロマンがあります。たまたま自分には合わなかっただけで……。

    誰かから「いや、これはこういう要素が面白いよ」と言われて、テイスティングの取り方を変えてみたりすると、劇的に美味しく感じることもある──私はそんな“奇跡”に期待しているのです。

    そこで将来、そのワインの世間的な価値が上がれば、「自分の舌は間違っていなかった」という証明にすればいい。コレクションとは、本来そういうものなのではないでしょうか。
    【プロフィール】
    松田 拓也(まつだ・たくや)さん
    1971年千葉県生まれ。大学に入学前から家業の古書店を継ぐことに。とある銀座のフレンチレストランにて、著名なソムリエである某氏から、山梨県のワイナリー『ボーペイサージュ』のワインを勧められて以来、日本ワインに魅せられ、世界有数の蒐集家に。2008年の2月に『BAR松田』をオープン。その評判を聞きつけた、国内外を問わない名うてのワインマニアが訪れている。海外からわざわざと来店したお客様を、いろいろなお店に案内するコンシェルジュ役も時おり兼業する。
    【店舗情報】
    BAR松田
    住所:東京都渋谷区恵比寿南1-12-5 恵比寿Kビル1F
    営業時間:20:00〜翌2:00
    (※来店前に要電話確認)
    予約・問い合わせ:03-3714-1340
    • SHARE

    関連記事