ダミアン・ハーストの経歴と人生
美術学生からアーティストになる
ダミアン・ハーストは1965年にイギリス・ブリストルで生まれました。彼の幼いころに両親は離婚し、母と暮らします。このころに万引きで逮捕されるなど、ハーストは荒んだ生活を送っていました。しかし母にドローイングを認められたことも後押しとなり、10代の後半から20代前半にかけてリーズ・カレッジオブアートやゴールドスミス・カレッジでアートを学びます。
ゴールドスミス・カレッジの在学中に自主企画展覧会"Freeze"を主催します、このとき、ハーストは共同出品していた学生と一緒に、美術コレクターのチャールズ・サーチの目に留まり、支援を受けます。これがアーティストの道に進むうえで重要な出来事でした。
個展の開催やターナー賞の受賞
1991年には初の個展「In and Out of Love」を開催します。蝶を使ったインスタレーション作品などを展示しました。このときに今の「生き物」を使うスタイルは確立しています。彼は「愛(理想)と現実」「生と死」というギャップを、生き物の剥製を使って表現しました。
この作風は動物への侮辱という声もあり、今でも賛否両論が巻き起こり続けています。しかし彼はその声にひるむことなく、独自のスタイルを続けました。1993年にはヴェネチア・ヴィエンナーレで「Mother and Child, Divided(母と子、分断されて)」を発表。縦二つに切断された状態の牛と子牛をホルマリン漬けにした作品です。これで、イギリスのテート美術館が主催するターナー賞を受賞しました。
アート活動をビジネスに
その後、ハーストはイギリスだけでなくニューヨークのガゴシアンギャラリーなどでも大規模な個展を開催します。またイギリスのロックバンド・Blurのミュージックビデオを制作したり、自身でバンドを結成したりと、マルチに才能を発揮しはじめました。
その後も絶え間なく作品を発表。過激な作品や言動で、批判されることもありながら知名度を高めていきます。
2008年には世界最大のアートオークションプラットフォーム・サザビーズで、前例にない行動をとりました。ハーストほどのクラスになると、アーティストの作品をディーラーやギャラリーが仲介して販売するのが主でしたが、彼は自身の作品(「(Beautiful Inside My Head Forever」)を自分で出品したのです。
この背景には若い頃から支援を受けていたチャールズ・サーチとの摩擦がありました。また「仲介手数料を一切支払わない」という意味でハーストがアーティストからビジネスパーソンに転向したことを象徴する行動だといえます。
この作品は211億円で落札。これは当時、現役芸術家の単体オークションの落札総額で史上最高額でした。ハーストはこの事件以降「イギリスで最も稼ぐアーティスト」としても知られるようになり、特に作品だけでなく経済的な面でも注目されています。
ダミアン・ハーストの代表的な作品5選
ホルマリン漬け作品
ダミアン・ハーストの象徴ともいえる作品が「ホルマリン漬け」にされた動物たちです。ターナー賞に選ばれた「Mother and Child, Divided(母と子、分断されて)」をはじめ、サメ、ヒツジなどをホルマリン漬けにして発表しています。これらの作品は「死と生」や「理想と現実」というメッセージを持っています。
しかし動物の屍体を使うことで批判的な意見もあります。また発がん性物質ホルムアルデヒドガスが検出されたこともニュースになり、さらに批判的な意見が高まりました。見方を変えると、それほどまでにインパクトを持っているということであり、偉大な作品であることには変わりありません。
Pharmacy「薬局」(1992)
1992年に発表された「Pharmacy」では美術館に薬局そのものを再現しました。上から頭用、胸用、腹用といった具合に、キャビネットで人体を表現しているのが特徴です。「薬に対する信仰」と「芸術に対する信仰」を並べて表現した作品となっています。
これはジョセフ・コーネルによる1943年の「薬局」という作品に似ていると批判されました。
For the Love of God「神の愛のために」(2007)
「For the Love of God」は2007年の彫刻作品です。人間の頭蓋骨をかたどったプラチナに8601個の純ダイヤモンドが散りばめられています。作品を通して、ハーストは「メメント・モリ」を訴えました。ダイヤは生命の存在であり、ドクロは死のモチーフになっています。この作品は約33億円をかけて作られましたが、ロンドンのホワイトキューブギャラリーで展示され約120億円で購入されました。
この作品はかつてハーストと一緒に仕事をしていたジョン・ルケイのアイディアをハーストが盗用したものだとされています。
スポット・ペインティング作品
ハーストのシンボリックな作品に「スポット・ペインティング」があります。それぞれ違う色のドットを使って描くものです。このドットは覚醒剤の錠剤をイメージしたものとされています。
ハーストはゴールドスミス・カレッジ在学中の1986年からスポット・ペインティングの制作をはじめました。薬局でも紹介しましたが、彼は薬物・薬剤をモチーフにした作品も手掛けています。ただし彼自身が描いているのではなく、彼のアシスタントが作品をつくっています。
CHERRY BLOSSOMS「桜」作品
ダミアン・ハーストがよく描くモチーフに「桜」があります。枝や空の背景は塗りで描かれていますが、葉や花は絵の具の飛沫でつくられています。この絵の具をキャンバスに叩きつける画風は「アクション・ペインティング」といい、ジャクソン・ポロックなどの現代アーティストが得意としているジャンルです。2022年3月~5月には国立美術館でも展示されました。
ダミアン・ハーストの魅力に迫る
既にいくつか紹介しましたが、あらためてダミアン・ハーストの作品の特徴、魅力を紹介します。
センシティブなテーマを描く
ダミアン・ハーストは「生と死」「信仰」「医学」といった、センシティブなテーマを題材に作品をつくっています。扱いにくいテーマだからこそ、批判的な意見がよく出るのが特徴ですが、その分、他のアーティストにはできない作品を見られます。
絵画にとらわれない独創的アート
「生物のホルマリン漬け」を中心に、独創的な作品を発表しているのも特徴です。また、いちから自分で作品を作るのではなく、インスタレーションや自然物をつかった造形などを作るのも特徴の一つになります。
人間の視覚を直接刺激する
視覚のインパクトが強いのもダミアン・ハーストの作品の特徴です。「ホルマリン漬け」がその最たる例といえるでしょう。その分、コストもかかっていることが多いですが、作品自体のオリジナリティが強く、アートシーンでの評価が高いです。
ダミアン・ハーストはアートとNFTの価値をめぐる社会実験を主導
ダミアン・ハーストは2021年、NFTプロジェクト「THE CURRENCY」をスタートしました。1万点の完全オリジナルの「スポット・ペインティング」作品を作り、それぞれの所有者が「オフラインで所有するか、NFTで所有するか」を選べるという実験でした。NFTを選んだ場合、実物は燃やされます。1万点のうち4851人はNFTを希望しました。
NFTで所有することで、作品の金銭的な価値は上昇していくことが見込まれます。その代わり、アート作品自体は焼却される。これは芸術の価値とお金についてのハーストの実験でした。1万人のうち約半数がお金に代えた、という見方もできます。
ダミアン・ハーストのアートはどこで見られる?
最後にダミアン・ハーストの作品を見られるスポットを紹介します。ちなみに2022年3月~5月に国立新美術館で、日本国内初のダミアン・ハースト展が開催されました。
Newport Street Gallery
イギリス・ロンドンの「Newport Street Gallery」では、ダミアン・ハーストのアートコレクションから抜粋した作品を展示しています。先述した「薬局」が、2016年に「Newport Street Gallery」内にレストランとしてオープンしました。
国内では常設であまり見られない
ダミアン・ハーストの作品はオークションなどで高値の取引がされており、コレクターが持っているケースが多いのが特徴です。そのため企画展で展示されるケースが多いといえます。2022年の新国立美術館での展覧会のように、今後日本でも作品が展示される機会は出てくるといえるでしょう。
まとめ
今回はダミアン・ハーストの作品について紹介しました。彼のスキャンダラスな作品群はコンプライアンスが厳しくなるにつれて、展示のハードルが高まっているという声もあります。しかしアートが持つインパクトが非常に大きいため、ファンも多く、今後もさまざまな作品が見られることでしょう。